あと少しになると、なぜ頑張れるのか? ― Goal Gradient

あと少しになると、なぜ頑張れるのか? ― Goal Gradient

WORK & THINK #09|HUMAN

あと1ページ。

あと1問。

あと1個。

もうやめてもいいはずなのに、

「ここまで来たなら、最後までやろう」

と思うことがあります。

私自身、語学学習アプリのDuolingoを2年近く続けています。

毎日やる気に満ちて勉強している、

というわけではありません。

「今日は面倒だな」

と思う日もあります。

それでもレッスンを始めて、進捗がかなり進んでいると、

「あと少しなら、最後までやろう」

と思う。

不思議なのは、

同じ1問でも、

最初の1問と、

最後の1問では、

やる気が違うことです。

前回は、習慣を続けるために、

意志だけに頼らず、続けやすい環境をつくる

ことを考えました。

今回は、

ゴールまでの「距離」が、私たちの行動をどう変えるのか。

ゴール勾配(Goal Gradient)について考えてみます。

ゴールが近づくと、行動が変わる

ゴール勾配仮説(Goal-Gradient Hypothesis)は、もともと行動主義心理学の研究から生まれた考え方です。

初期の研究では、報酬に近づくにつれて動物の行動が強くなることが観察されました。

その後、人間の行動でも同じような傾向が研究されています。

ラン・キヴェッツ(Ran Kivetz)、オレグ・ウルミンスキー(Oleg Urminsky)、ユーファン・ジェン(Yuhuang Zheng)は、実際のカフェのポイントプログラムなどを分析しました。

すると、

報酬に近づくほど、次に購入するまでの間隔が短くなる

傾向が見られました。

つまり、

ゴールが近づくにつれて、

行動が加速していた

ということです。

FARゴールまで遠い→NEARあと少し→MORE EFFORT
もう少し頑張る

最初の1個と、最後の1個は同じ?

例えば、

10個集めるスタンプカード。

1個たまった。

あと9個です。

「まだまだだな」

と思います。

でも、

9個たまった。

あと1個。

すると、

「せっかくだから、もう1回行こう」

と思いやすくなります。

必要な行動は、

どちらも同じ「もう1回」。

でも、

その1回の感じ方は同じではありません。

Duolingoを使っていて感じる、

最初の1問と最後の1問の違いも、

これに近いのだと思います。

始めたばかりなら、

「今日はここまででもいいか」

と思える。

でも、

ゴールが見えてくると、

途中でやめるより、終わらせたくなる。

私たちは、

ゴールまでの距離を、

いつも同じように感じているわけではないようです。

「すでに進んでいる」と感じるだけでも違う

さらに面白い研究があります。

ジョセフ・ヌネス(Joseph C. Nunes)とグザヴィエ・ドレーズ(Xavier Drèze)は、実際の洗車場で顧客に2種類のスタンプカードを配りました。

一方は、

8個集めると、1回無料。

スタートは、

0 / 8

です。

もう一方は、

10個集めると、1回無料。

ただし、

最初から2個のスタンプが押してあります。

つまり、

2 / 10

からスタートします。

どちらも、

無料になるまでに必要な洗車は、

あと8回。

条件は同じです。

ところが、カードを最後まで完成させた割合は、

0 / 8 → 19%

2 / 10 → 34%

と差が出ました。

研究者たちは、こうした効果を

Endowed Progress Effect
(付与された進捗効果)

と呼びました。

どちらもあと8回

「あと8回」だけを見ているわけではない

この実験が面白いのは、

必要な行動の量が、

まったく同じだったことです。

合理的に考えれば、

0 / 8でも、

2 / 10でも、

あと8回。

でも、

感じ方は違う。

後者には、

「もうここまで進んでいる」

という感覚があります。

私たちは、

残りがどれくらいあるのかだけではなく、

自分がどこまで来たのか

も見ているのかもしれません。

だから、

スタンプカード。

チェックリスト。

進捗バー。

「あと3問」。

「80%完了」。

といった表示を、

いろいろなサービスで目にします。

デザインしていたときには、そこまで考えていなかった

この研究を知って、

以前のデザイン業務を思い出しました。

ある画面の進捗表示を考えていたとき、

「今、何個目なのか」

だけでは、

少し分かりにくいと感じたことがありました。

そこで、

「10個中、7個目」

のように、

全体の中で今どこにいるのかが分かる表現に変更しました。

そのとき考えていたのは、

「現在地を分かりやすくしたい」

というUI上の理由です。

でも、Goal Gradientを知ってから考えてみると、

これは単に現在地を伝えているだけではありません。

「7個目」と、

「10個中7個目」。

同じ現在地でも、

後者には、

「あと3個」

が見えています。

つまり、

ゴールまでの距離も伝えていた。

デザインをしていると、

「こっちの方が分かりやすい」

「なんとなく、この方が続けやすそう」

と感じて選ぶことがあります。

あとから研究を知って、

「だから、この見せ方が効くのか」

と気づくことがあります。

私が心理学や行動科学を面白いと思うのは、

こういう瞬間なのかもしれません。

ゴールがあるだけでは足りない

では、

ゴールを表示すればいいのでしょうか。

例えば、

100個集めたらプレゼント。

現在、

2 / 100。

と言われても、

「頑張ろう」

より、

「遠いな……」

と思うかもしれません。

ゴールがあることと、

ゴールが近づいていると感じられることは、

同じではありません。

大切なのは、

自分が進んでいることが分かること。

GOALゴールがある→PROGRESS進んでいると分かる→MOTIVATIONもう少しやってみる

「まだ終わっていない」を「ここまで来た」に変える

これは、仕事にも使えます。

例えば、

「資料を完成させる」

という仕事。

完成するまでは、

ずっと、

未完成

です。

でも、

構成を決めた。

資料を集めた。

10ページ中6ページできた。

レビューまで終わった。

と分ければ、

進んでいることが見える。

同じ仕事なのに、

「まだ終わっていない」

と見るのか、

「ここまで来た」

と見るのかで、

感じ方が変わります。

長い仕事ほど、

完成した/していない、

だけではなく、

途中の進捗を見えるようにする。

それだけでも、

次の一歩を少し踏み出しやすくなるかもしれません。

デザインや仕事なら?

サービスでは、

ユーザーに何かを最後まで進めてもらいたい場面があります。

会員登録。

プロフィール入力。

学習。

アンケート。

購入手続き。

ゲーム。

ポイントプログラム。

そんなとき、

「最後までやってください」

とお願いするだけではなく、

今どこにいるのか。

あとどれくらいなのか。

を見えるようにする。

例えば、

STEP 3 / 4

あと1問

80% COMPLETE

と表示する。

これは単なる装飾ではありません。

ゴールまでの心理的な距離を伝えるUI

とも考えられます。

でも、「あと少し」を作ればいい?

ここで少し注意したいことがあります。

ゴールが近づくと頑張れるのであれば、

サービス側は、

ユーザーにずっと

「あと少し」

と思わせればいいのでしょうか。

あと1回。

あと1ポイント。

あと1話。

あと5分。

そうすれば、

行動を続けてもらえるかもしれません。

でも、

前回のHabitでも考えたように、

行動させられることと、
行動させていいことは同じではありません。

その進捗は、

ユーザー自身が達成したいゴールを助けているのか。

それとも、

サービス側の都合で、

もう少し行動させようとしているのか。

進捗を見せるデザインほど、

そのゴールは誰のためのものなのか

を考える必要があります。

DESIGNER’S QUESTION

DESIGNER’S QUESTION
09

ゴールだけではなく 「ここまで進んだ」が
見えるようになっているだろうか?

NEXT THINK

この記事で、

WORK & THINKも#09まで来ました。

#01を書いていたときより、

#09まで来た今の方が、

「ここまで来たなら、#10も書こう」

という気持ちは強くなっています。

これも、

今回考えてきたことと少し似ています。

「ここまで来たから、もう少し。」

この感覚は、

ゴールへ進む力になります。

でも、

少しだけ言葉を変えてみます。

「ここまでやったから、やめられない。」

映画を1時間見たけれど、

あまり面白くない。

本を200ページ読んだけれど、

自分には合わない。

仕事のプロジェクトを半年続けたけれど、

このまま続けても成果が出そうにない。

それでも、

「せっかくここまでやったんだから……」

と思ってしまう。

同じ「ここまで」なのに、

今度は、

やめるという判断を難しくしています。

NEXT THINK

ここまで来たから
「もう少し」と「やめられない」
は何が違うのでしょうか。

→
#10
「ここまでやったから」が判断を狂わせる
― Sunk Cost

参考・関連資料

キヴェッツ(Ran Kivetz)、ウルミンスキー(Oleg Urminsky)、ジェン(Yuhuang Zheng)(2006)
“The Goal-Gradient Hypothesis Resurrected: Purchase Acceleration, Illusionary Goal Progress, and Customer Retention.”

報酬に近づくにつれて行動が加速するゴール勾配について、カフェのリワードプログラムなどを用いて検討した研究です。

ヌネス(Joseph C. Nunes)、ドレーズ(Xavier Drèze)(2006)
“The Endowed Progress Effect: How Artificial Advancement Increases Effort.”

実際の洗車場でのフィールド実験などを通して、最初から進捗が与えられていると、同じ残り作業量でもゴールに向かう行動が促される「Endowed Progress Effect」を検討した研究です。

本記事のテーマに関連する研究・書籍・資料を、内容確認やさらに学びたい方のために掲載しています。
掲載資料のすべてを筆者が通読したものではありません。