WORK & THINK #10|HUMAN
前回、
ゴールが近づくほど、
「ここまで来たなら、もう少し頑張ろう」
と思いやすくなる、
Goal Gradientについて考えました。
「ここまで来た」という感覚は、
ゴールへ進む力になります。
でも、
よく似ているけれど、
少し違う言葉があります。
「ここまでやったんだから、やめるのはもったいない。」
映画を1時間見た。
でも、あまり面白くない。
本を200ページ読んだ。
でも、自分には合わない。
仕事で何日もかけて案を考えた。
でも、途中で、
「この方向ではないかもしれない」
と気づいた。
そんなとき、
「でも、ここまでやったし……」
と思うことがあります。
ここで考えてみます。
すでに使った1時間。
すでに読んだ200ページ。
すでに費やした数日。
続けても、
やめても、
その時間は戻ってきません。
それなのに、
なぜ私たちは、
過去に使ったものを基準に、
これからのことを決めてしまうのでしょうか。
今回は、
サンクコスト(Sunk Cost)
について考えてみます。
サンクコストは「もう戻ってこないもの」
Sunk Costは、
日本語では
埋没費用
と訳されます。
すでに支払ってしまい、
これからどんな選択をしても、
取り戻すことのできないコストです。
「費用」といっても、
お金だけではありません。
時間。
労力。
そこまでにかけた手間。
こうしたものも、
私たちの判断に影響します。
本来、
これからのことを決めるときに考えるべきなのは、
「ここから先、何を使って、何が得られるのか」
です。
過去にどれだけ使ったかは、
変えることができません。
でも、
頭では分かっていても、
なかなか切り離せません。

高いチケットほど、使いたくなる
サンクコストについて、
よく知られている研究があります。
ハル・アークス(Hal R. Arkes)と
キャサリン・ブルーマー(Catherine Blumer)は、
1985年に、
“The Psychology of Sunk Cost”
という論文を発表しました。
その中のフィールド実験では、
劇場のシーズンチケットを購入する人を、
異なる支払額のグループに分けました。
すると、
定価でチケットを購入した人は、
割引価格で購入した人よりも、
最初の半年間に劇場へ足を運ぶ回数が多くなりました。
ただし、この差は後半には確認されませんでした。
考えてみれば、
少し不思議です。
チケット代は、
劇場へ行っても、
行かなくても、
すでに支払っています。
行く回数を増やしたところで、
お金が戻ってくるわけではありません。
それでも、
「高いお金を払ったのだから、行かないともったいない」
というように、
すでに使ったコストが、
その後の行動に影響したと考えられます。
「もったいない」は日常にもある
これは、
特別なことではありません。
食べ放題で、
もうお腹いっぱいなのに、
「せっかくお金を払ったから」
と、もう少し食べる。
買った本が、
思っていたほど面白くない。
でも、
「せっかく買ったから」
と最後まで読む。
映画を途中まで見て、
あまり自分には合わないと思った。
でも、
「もう1時間見たし……」
と続きを見る。
もちろん、
最後まで続けること自体が、
悪いわけではありません。
この先に期待して、
続きを見ることもあります。
大事なのは、
なぜ続けるのか。
「この先も見たいから」
なら、
これから得られるものを見ています。
でも、
「もう1時間見たから」
なら、
過去に使ったものを見ています。
似ているようで、
判断の基準が違います。

仕事では「ここまで作った」が出てくる
私も仕事をしていて、
これに近い経験があります。
以前、
あるゲーム画面を考えていたときのことです。
最初に考えていたのは、
12個ほどのマスにイラストが描かれていて、
時間が経つと、
マスがランダムに開いていく。
その中から、
どこかに隠れているキャラクターを探す、
というゲームでした。
最初は、
この案で進めていました。
でも、
具体的に考えていくと、
少しずつ気になることが出てきました。
マスが自動的に開くなら、
ユーザー自身が操作することが少ない。
それでは、
参加している感覚が弱くなるのではないか。
初めて見るゲームなら、
遊び方をきちんと説明しないと、
何をすればいいのか伝わらないかもしれない。
さらに、
たくさんのイラストを用意するコストも出てくる。
時間はあまりありません。
考えれば考えるほど、
「このまま作り続けるのが、本当にいいのだろうか?」
という疑問が出てきました。
どこで方向転換するのか
とはいえ、
それまで何もしていなかったわけではありません。
企画を考えて、
画面を考えて、
どう動かすかも考えている。
気になっていた問題を、
どうすれば解決できるのかも考えました。
そこから別の案に変えれば、
それまで考えてきたものの一部は、
使わなくなります。
だから、
「ここまで考えたのだから、この案を活かしたい」
という気持ちも出てきます。
そこで、
チームで話し合いました。
このまま最初の案を作り続けるのか。
それとも、
方向を変えるのか。
最終的には、
多くの人が見ただけで、
「削ればいいんだな」
と感覚的に分かりやすい、
スクラッチ
という形に方向転換しました。
画面のレイアウトだけを残して、ゲーム内容自体は変えたんです。
振り返ってみると、
ここで大切だったのは、
「今までどれだけ考えたか」ではなく、
「ここからどちらに進む方がいいか」
を考えたことだったと思います。
作った時間は、戻ってこない
もし、
最初の案をやめたら、
それまで考えた時間が、
無駄になったように感じます。
でも、
続けても、
方向転換しても、
すでに使った時間は戻ってきません。
変えられるのは、
ここから先です。
最初の案を、
さらに10時間かけて作るのか。
別の案に、
その10時間を使うのか。
考えるべきなのは、
「ここまで何時間使ったか」ではなく、
「ここから時間を使うなら、どちらがいいか」
です。
これは言葉にすると当たり前なのですが、
実際に自分が作ったものを前にすると、
意外と難しい。
デザインには、
時間だけでなく、
自分で考えたアイデアや、
作ったものへの愛着もあります。
だからこそ、
一人で考えるのではなく、
チームで「このまま進めるのか」を話し合えたこと
にも意味があったのだと思います。
「やめる」と「失敗」は同じではない
サンクコストを知ると、
もう一つ考え方が変わります。
途中でやめることを、
「それまでが無駄になった」
と考えなくてもいいのかもしれません。
最初の案を考えたから、
問題点が見えた。
実際に画面を考えたから、
「説明が必要になりそうだ」と気づいた。
ユーザーがどう遊ぶのかを考えたから、
もっと直感的な方法が必要だと分かった。
そう考えると、
最初の案は、
採用されなかっただけで、
何の意味もなかったわけではありません。
試したから分かったことは残る。
でも、
その案そのものを残す必要はない。
ここは、
分けて考えていいのだと思います。
判断するときは「ここから」を見る
では、
サンクコストに引っ張られそうになったら、
どう考えればいいのでしょうか。
私なら、
問いを少し変えてみます。
「ここまで、どれだけやった?」
ではなく、
「ここからも、これを選ぶ?」
あるいは、
「もし今日初めてこの案を見たとしても、私はこれを選ぶだろうか?」
と考えてみる。
過去は、
もう変えられません。
でも、
これから使う時間や労力は、まだ使っていません。

デザインや仕事なら?
仕事では、
途中まで作ったものを捨てることがあります。
企画。
デザイン。
仕様。
文章。
運用方法。
作れば作るほど、
捨てにくくなります。
だから、
「どれだけ作ったか」ではなく、
「今から選び直すとしても、これを選ぶか」
という視点を持っておく。
また、
自分一人では切り替えにくいときに、
チームで話すことも、
一つの方法かもしれません。
自分にとっては、
「何日もかけて作った案」でも、
別の人から見れば、
「これから採用する案の一つ」
として見られることがあります。
過去に引っ張られず、
これからを考える。
言葉にすると簡単ですが、
ものを作る仕事ほど、
意識しておきたい視点です。
DESIGNER’S QUESTION
「ここまで作ったから」ではなく 「今から選んでも、これを選ぶか?」
NEXT THINK
今回のゲームでは、
途中まで考えていた案から、
別の案へ方向転換しました。
そこには、
「ここまで考えたものを変える」
という判断がありました。
でも、
人が変えにくい理由は、
サンクコストだけではありません。
例えば、
ずっと使っているアプリ。
いつもの設定。
いつもの仕事のやり方。
別の方法があっても、
「今ので困っていないから、このままでいい」
と思うことがあります。
そこには、
「ここまで時間を使ったから」
という理由すらありません。
ただ、
今そうなっているから、変えない。
もし、
同じくらい良さそうな選択肢が二つあったとき、
私たちは、
「新しい方」と「今使っている方」を
本当に同じように
比べているのでしょうか。
参考・関連資料
アークス(Hal R. Arkes)、ブルーマー(Catherine Blumer)(1985)
“The Psychology of Sunk Cost.”
すでにお金・時間・労力を投じたことによって、その行動を続けやすくなるサンクコスト効果を検討した古典的な研究です。
本記事のテーマに関連する研究・書籍・資料を、内容確認やさらに学びたい方のために掲載しています。
掲載資料のすべてを筆者が通読したものではありません。